笑って健康

メインは「はっちゃん」の日記、時々はっちゃんの部下達による乗っ取りがおこります。

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なんかこう…

 今まであんまり意識してなかったのですが、最近「矛盾」という言葉がすごく気になります。
 よく「言動が矛盾している」っていうじゃない?私は厳密に言えば矛盾していることってあんまりないんじゃないかと思っています。
 故事来歴の矛盾で言う、最強の盾と比類なき矛。二つをつき合わせたらどうなるか?っていうのがもともとの始まりで、そもそも盾と矛っていう同じ「戦」という壇上に立って初めて対立するものだと思います。
 ちょっとむずかしめで言うと、二つのテーマがあって一方が正しいと支持されたなら自動的にもう片方のテーマは間違っていることになる。そんな感じの言葉だと思うんでです。
 よく一貫性がない発言に対しても「矛盾」という言葉が使われますが、はたして本当に矛盾しているのか?
 身近な問題を例えに出しますが、「おばあちゃんを施設に入れたい家族」「在宅で過ごしたいおばあちゃん」相反してます。このまま話したんじゃ平行線です。
 この件を家族と話している時は「ご家族も大変でしょう施設を考える方向でいきましょう」として。
 おばあちゃんと話している時は「家に居たいんですね。家族に掛け合ってみましょう」としたばあい。
ここでおばあちゃんとほかの家族をひとつの世帯としてしまった場合、私の言動が矛盾していることになってしまいます。
 でも、一人一人が個人で個人の意見を聞きながらという観点でやっていくと相談しながら問題を詰めていく。という作業をしていることになります。(もちろんこの場合は最終的なところまで在宅ですが)
 「矛盾」という言葉を使うあまり0と1の間の揺らぎの意見や揺らぎの立場を無視しすぎているような気がします。
 誰かの矛盾した言動でも観点や主眼を変えたら矛盾していないのかもしれません。
 そういえば色恋沙汰でも多いですよね。「あなたの言うことは矛盾してるのよっ」なんてセリフ。それこそ人の心なんですから盾にもなるし矛にもなる、重要なのは寛容さなのではないかと思います。
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テーマ:ちょっとした出来事 - ジャンル:日記

  1. 2006/05/10(水) 01:20:27|
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